スーパーカブはもはや日本のクラシックでありカルチャーだ。
スーパーカブは、1958年(昭和33年)ホンダ創業者である本田宗一郎氏と、企画総責任者である藤澤武夫氏の手によって産まれた正真正銘の世界を代表するジャパンプロダクトだ。2017年10月には世界生産累計台数が1億台を超え、現在は多くの派生車種を含めた世界的人気を誇る日本の誇りともいえるだろう。
スーパーカブをもてはやすメディアは数えきれないほど存在するので、細かい説明は割愛させていただくが、今回は少し違った視点で考察していきたいと思う。
スーパーカブはもはやクラシックの部類に昇華された車種だと認識している。ポピュラーだったり、スタンダードだったり、ベーシックだったりという表現ではない。クラシックだ。「進化するクラシック」だといえよう。
表現は様々だが、私の認識は洋服のトレンドのように、何事もトレンド周期があり、その周期に淘汰されることなく何度も生き残り続けるものがやがてクラシックに昇華されていく。例えばリーバイスの501はあまりクラシックとは表現されないものの、すでにクラシックの領域に入っていると言える。
スーパーカブもけして常に順風満帆な訳ではなく、紆余曲折はあった。特に2012年から2017年に販売されていた角目カブは生産も中国に移り、日本のユーザーたちの多くは失望した。様々な事情はあったにせよ、クラシックに至るまでの系譜を逸れ過ぎたのだ。
もちろん、時代に応じた変化は必要だ。変えなければそれで良いというわけではない。今まで築いてきたものを残しつつ、堅実な改善を積み重ねていくことにこそ、クラシックに至る系譜と言えるだろう。
そして2017年。生産が日本の熊本工場に戻り、誰もが知っていて、誰もが期待するであろうスーパーカブの姿に戻った。続いて2022年にキャストホイールとディスクブレーキ、液晶メーターを搭載した正常進化の新型が登場する。
私の感覚では、キャストホイールの違和感のなさやその他の正常進化は、変化は感じるもののクラシックへの系譜からは外れていない好感の持てる変化だった。
「進化するクラシック」購入してみようじゃないか。そう考え、販売店に予約をすることにした。
このうえなく街に馴染むスーパーカブの伝統色
今、スーパーカブの購入を検討している人は多いのではないか。購入を検討している人にとって誰しも悩むのが「色」だろう。スーパーカブの展開色を見て、ホンダのスーパーカブの販売に対しての戦略変化も非常に感じる。元々スーパーカブは業務用バイクであり、多くの企業に採用されてきたリアルワークバイクだ。
時代は流れ、完全にスーパーカブの位置づけは変わった。ファッションとしての要素が強まり、業務用という位置づけからは大きく変わってしまったように思う。展開色を見ても、ベージュやイエローなどファッショナブルなルックスだ。
乗り出し価格が30万を超えることになり、無理もない。業務用はスクータータイプではるかに安価で効率的な車種も多く存在する。ホンダの販売戦略も当然と言えば当然だろう。趣味的バイクへの転換は自然な流れだと思う。
とはいえ、私はスーパーカブの良さとして「街に馴染む」ことを重要視していた。お洒落なバイクだと思われたくて乗るのであれば、派生車種のC125やクロスカブ、ハンターカブなど他にもラインナップがある。
スーパーカブの伝統色としてイメージが強いのは紺、緑、そして赤だ。
赤は郵政カブのイメージが強く、まれに限定色として販売されるが、今は販売されていない。そして紺色は残念ながら廃盤となってしまい、ワントーン明るいメタリックブルーに統合されてしまったのだ。つまり、私の中でのスーパーカブの伝統色の二つは現状では購入できなくなってしまった。
残すところ、緑のみ。タスマニアグリーンメタリックという色だ。
緑のスーパーカブは紺色と並び球数が多い色とされている。なぜなら業務用として購入されている色だからだ。誰しもが見たことがあるであろう独特な緑。特にミリタリーだったりお洒落な要素もなく、おじいちゃんがタバコをふかしながら乗っているイメージだ。
実車を見ることもなく私はタスマニアグリーンメタリックのスーパーカブ110を予約し購入した。
配達員を豊かにするスーパーカブの魅力
スーパーカブが納車され間もなく私は副業としてフードデリバリーをしてみようと考えた。バイクに乗ることを楽しみながら実益もある活動は非常に効率的ではないか。そう考えたのだ。ウーバーイーツから始まり、今や配達員の仕事は副業の代表格にまでなった。自由度の高い働き方で何にも縛られずに働きたい時に働くイメージは多くの人間が持つ事だろう。
私は学生時代に長くピザのデリバリーのアルバイトをしていた経験もあり、ある程度のノウハウもあることから問題なく始めることが出来た。
だが、配達員の仕事は現在多くの課題を抱えている。代表格であるウーバーイーツやアマゾンの配達員は個人事業主として外部委託という形で仕事をすることになる。優越的な地位の濫用に繋がるのではないかという懸念だ。
元々このような仕事をする人々は、より豊かなライフスタイルを求めて自由度の高い働き方を求めたりするわけで、もしこのような問題が発展してしまうと本末転倒だろう。そして、配達員の仕事は自由度は高くともハードではある。
稼ごうと思えば思うほど、たくさんの配達をこなす必要がある。当たり前ではあるが、長時間隙間なくスピーディーに配達を行えば報酬はより高くなる。
つまり、自由を求めて配達員の仕事を選んだはずが、いつの間にやら長時間隙間なく急かされ続ける働き方に変化してしまう可能性もあるという事だ。
もちろん専業でより高い報酬を求めている人もいるので、一概には言えないが副業として始めた人からすると、こんなつもりではなかったと思う者もいるのではないか。
そこでスーパーカブの凄味が出る。
本来、業務を遂行するうえで最も重要なのは効率化だ。スーパーカブは業務用車として日本を長らく支えてきた。私の中ではスーパーカブの排気音は1日の始まりを告げる音。今でこそ少なくなりはしたが、早朝新聞配達員のスーパーカブの排気音と小気味のいいシフト音が1日の始まりを告げるBGMだった。高い耐久性と燃費性能。だが、現在はスクータータイプでより便利でより効率的な車種は多数存在する。MT車という部分においてもシフト操作はひと手間増えるわけで、最適とはいいがたいのかもしれない。
私もフードデリバリーを始めた当初、配達件数にいつの間にか追われるようになってしまった。
装いも防寒性の高いダウン、動きやすいスニーカー、配達に出かけるときは制服かのように同じ格好で仕事に取り組んでいた。配達をする上で効率化、最適化を図るのであれば当然の結果だ。
だが、「こんなつもりではなかった」という思いがふつふつと浮かんでくる。自由や豊かさを求めての副業だ。より速くより多く配達をこなさなければならないという強迫観念など本来持つべきではない。
そんな時、ふとスーパーカブで巡行してみると我に返る。ゆっくり走る楽しさ、姿勢を正して広がる景色、聞きなれた排気音とシフト音。殺伐としていた心に豊かさが戻る。
そうだ。明日はちゃんと装いも変えてみよう。
配達員らしく、レッドウィングのポストマンシューズでも履いて、バンソンのエンフィールドでも羽織ってみるか。バブアーのインターナショナルでもよいな。
そんな気分になる。
何事においても豊かさを求めるのは環境や状況のせいだけにしてはいけない。すべては自分の心づもりと工夫次第で豊かになり得るのだ。
スーパーカブはそんなことを私に気付かせてくれた。