人生を一冊の本に例えたジャン・パウルの名言を再解釈する
人生の豊かさは人によって感じ方の定義が全く違う。
そんな複雑な価値観を持つ人生の豊かさは一度きりの人生の中ですべてを経験することは不可能だ。
ドイツの小説家ジャン・パウルの名言にこのような言葉がある。
「人生は一冊の書物に似ている。馬鹿者たちはそれはパラパラとめくっているが、賢い人間はそれを念入りに読む。なぜなら、彼はただ一度しかそれを読むことが出来ないのを知っているから」
ドイツの小説家 ジャン・パウル
この言葉を知ったときに、いろいろなことを考えた。
まず、人生を本に例えて考えることはありふれた表現だろう。私も何度も考えたこともあるし、例え話として使ったりしたこともある。
ただ、ジャン・パウルの表現は現在進行形で人生という本を読み、修正や読み返しができないものという表現である。ここは私が考えていたものと違いがある。
私の考えとしては、あくまで人生という本の作者は自分自身であり、物語は自分である程度は決めていける。もちろん予期せぬこともたくさんあるが、最初から内容が決まっている訳ではない。そして、読み返す事も可能だし、人に見せることも可能だ。
そもそも、人類の英知とは過去の人々が考え、行動してきたものが継承されていることから今がある。無意識的にも過去の人々の英知に影響を受け、恩恵を受けている訳だ。それを伝えるのは宗教の教典を始め、偉人の歴史書のようなものもあれば、経営者のビジネス本のようなものもあるし多様な形がある。誰しもがある程度、なんらかの過去の歴史に触れ、何かしらの影響を受けて生きている。
かのGoogleの企業理念は「世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセス出来て使えるようにする事」だと言われている。それは今まで不完全だった人類の英知を継承していくことに確実性を加えていくことになるだろうと思う。
今や個人でホームページやSNSアカウントを自由に持ち、自らのメディアを持つ事は珍しくなくなった。多くの人間が自らの行動を発信し、人生という本を記していくことが可能になったのだ。
だが、それはあくまで一部。インターネットを見ると有名人の情報がニュースで一覧化され、SNSではフォロワーを多く持ち、共感を得た内容が検索トップに躍り出る。それは今までの功績を残してきた偉人や経営者などが書物を残すことと同じで、パワーのない人間の発信は淘汰されるのだ。
分かりやすく功績を残した人間の情報だけが人類の英知なのだろうか。名も知られていない人の人生は後世に残すべき価値がないジャンク情報なのか。
けしてそうではないだろう。
多くの人間が「いいね」というものだけが残る画一的なやり方は面白くない。人類は多様性があってこそ進化する。今の世の中は多様性を尊重しようなどと言いながらも画一的な社会を目指しているようにも見えなくはない。
そんな中、一人の平凡な人間が、PVを追わず、自らの人生を綴りながら、人生の豊かさを考察、検証していくことに決めた。
そして、私の人生における最も重要な要素のひとつである、「装い」を軸に展開していきたいと思っている。
人生にはそれぞれのシーンがあり、願わくばより多くの時間、シーンにおいて豊かに過ごすことが出来れば言うことは無い。私にとって人生のシーンを豊かに彩る装いは、何より楽しく掛け替えの無いものだ。その豊かさを世に伝えていければ良いと思っている。
それがthebook.jpを作った意図だ。
自分が自分らしく生きられる社会を目指す為に、自分らしく豊かな生き方を模索する。そのような思いを持っている人々の力になれれば幸いだ。