
ポール・オースターの中編「写字室の旅」「闇の中の男」を一冊に収めた文庫。記憶や物語の不確かさを覗き込む二作が、訳者の手を経て一つの器に収められている。表紙は粗い質感の壁に囲まれた室内のモノクロ写真。閉じた白い扉と、向きの異なる三脚の椅子が静かに並び、誰かの不在と、これから始まる対話の気配を同時に漂わせる。書名と著者名は黒の明朝・ゴシックで端正に置かれ、帯の鮮やかなオレンジが沈黙の灰色に唯一の体温を与えている。閉ざされた部屋の中で物語が立ち上がる、その瞬間を捉えた一冊。
著金子薫
装丁新潮社装幀室
装画持塚三樹
新潮社 / 2021年
文学・評論