
石段の踊り場で振り返る制服の少女、その傍らにもう一人の少女と少年が立ち、背景には木漏れ日の差す夏の緑が広がる。日常の只中にふと差し込む、まだ言葉にならない感情を描いた青春小説である。透明感のある水彩で滲ませた葉叢と空、白く抜いた石段の段差、舞い落ちる花弁のような点描が、過ぎゆく時間の手触りを伝える。タイトル文字は背景に溶け込むように淡く配され、絵の余白を損なわない。振り向く一瞬の表情そのままに、過去から差し出されるささやかな微笑を装丁全体で受け止めた一冊。

著市川哲也
装丁西村弘美
装画まいまい堂
東京創元社 / 2023年
文学・評論