大正末から昭和初期にかけて書かれた野溝七生子の自伝的長篇。父の暴君的支配のもとで育った少女・阿字子の魂の彷徨を、硬質で詩的な文体で描き出した一作である。表紙では、白く咲き開いた山梔(くちなし)の花と、まだ閉じたままの蕾、深い緑の葉が、菱形に置かれた漆黒の地の上に植物図譜の精度で描かれる。黒の余白に白く浮かぶタイトルと、小さく添えられた「くちなし」のルビが、清冽さと閉ざされた声の気配を同時に伝える。咲く花と固く結ばれた蕾の対比が、語られた言葉と語られえなかった声の双方を、静かに引き受けているように見える。