
言葉を尽くしても届かなかった想いをめぐる短編集。誰かと深く関わるほど立ち上がる、伝達の不可能性と、それでもこぼれ落ちる感情の手触りを掬い上げる。表紙には、緑の花柄ニットを着た女性が片手で手鏡を覗き、もう一方の手で口紅を引く瞬間が淡いタッチの線画で描かれる。視線は鏡の中の自分にだけ注がれ、髪の流れや指先の動きが繊細な水彩のにじみで掬われている。鏡という他者に似た装置に向かう内向きの所作が、誰かに届かない言葉と静かに重なる。

著渡辺淳子
装丁鈴木久美
装画マメイケダ
光文社 / 2020年
文学・評論